野坂昭如VS石橋貴明の全内幕

野坂昭如と石橋貴明、『オールナイトフジ』でガチ喧嘩

事件が起きたのは、2時過ぎ頃。1986年4月6日放送の『オールナイトフジ』(フジテレビ)でのこと。ゲストの野坂昭如は「人妻ブームと深夜文化」というテーマで、番組改編で月イチ準レギュラーとなった、とんねるずと対談するはずだったが、スタジオ入りからワインボトル片手に千鳥足と、完全に酔っ払っていた。

まず、石橋貴明が「超特別出演の野坂昭如先生です」と紹介するも、野坂は気に入らなかったのか急に不機嫌に。続いて木梨憲武が「オールナイトフジは?」と切り出すと「毎週出てます」と酔った返答。

石橋が「こんなにたくさん女の子がいていかがです?」と聞くと、野坂は「みんな素晴らしい」と答えたものの、いきなり立ち上がったかと思えば、ひな壇に並んでいるサタデーナイターズを指さしこんなことを言った。「ここにいるのは人妻か?」これを石橋が「いいえ女子大生やOLもいますよ」と否定すると、テーマとは関係のない人妻以外のキャストもいたことが気に食わなかったのか、着席した野坂はとんねるずへの攻撃を開始した。

「きみたちはダメだ。とんねるずが人気者だなんてとんでもない間違いだ。TBSのときもナンだ、アレは!」

そう言って野坂は石橋のおでこをいきなりパシャッとやるも命中せず、そのまま左に座る石橋の顔面をピシャリと叩いた。といってもジャレてる程度のものだったが、石橋は大袈裟にのけぞり、木梨は逃げ出した。それでも野坂は収まらず、石橋の右足にタックル、すかさず持ち上げると、左右にひねるような動作を繰り返した。

「やめてくださいよ、アントニオ猪木じゃないんですから」

驚いた石橋がそう言ってたしなめると、「おまえ、経堂の自転車屋だろ?」と今度は言葉で突っかかる。これに石橋が「ぼかあ、自転車屋なんかじゃありませんよ」と答えると、野坂は「なに!おまえは自転車屋をなんだと思ってるんだ!」と憤慨。

驚いた木梨がとりなすように二人の間に座ると、野坂は「”いいですね”というだけで人気者になったのはキミか?」と今度は木梨に矛先を向ける。木梨が「はい、そうです」とオロオロしたまま答えると、野坂は「あなたがたはどうしようもない人間だ。いまの人気は長続きしないよ。反論できないだろう」と勝ち誇ったように言い放った。

これに対して石橋も「別に野坂先生にガタガタ言われる筋合いないですよ」と応酬。

このままではエスカレートしかねないと焦ったカメラが、慌てて司会者の岡安由美子を映し出すも、木梨の「貴明やめろよー!」「やめろよ、バカヤロー!」と叫ぶ声が二度三度と聞こえてくる。トラブルは画面外で続いていた。

ちなみに、このあとの笑福亭笑瓶とのトークコーナーでも「とんねるずの周りにいる女性はみんなエイズになる」とコケにするなど、野坂は留まることを知らず、2時40分になって、ようやくとんねるずが画面に再登場。

「私が殴られた石橋です」「踏まれた足が痛い木梨です」と二人がそれぞれ語り、続いて石橋が「私、正直いって、さっきは”やっちゃおかな”と思いました。ですが、スタッフといろいろ検討した結果、このことは来週の『オールナイト・ニッポン』で決着をつけようということになりました。ファンを5万人集め、後楽園で対決します」とまとめたことで、深夜の決闘は一時休戦となった。

とんねるず、『オールナイト・ニッポン』で逆襲

1986年4月9日、とんねるずは『とんねるずのオールナイト・ニッポン』(ニッポン放送)で、四十分間にわたり、野坂とのバトルについて語った。

石橋は事件のてんまつを報告するとともに、「直木賞をとったからといって生放送中に人を思い切り殴っていいのでしょうか」、「やるんだったら、後楽園球場に特設リングを作って決闘しようじゃないですか。ギャラはフィフティ・フィフティで」などと挑発的発言をしながらも、「野坂さんが話したいことがあるというなら、来月第一週の『オールナイトフジ』に来てください」と再出演を呼びかけた。

これに対し、野坂は、シラフではなかったと前置きながらも、「暴力をふるったことについては不徳のいたすところで申しわけない」と謝罪。とんねるずの芸については、「芸がないとはいわないが、限られたファン向けだけの芸ではなく、深みのある芸の修行に励んで、長つづきのする芸を身につけてほしいということです。『オールナイトフジ』出演の話はきいてないが、機会があれば、その時は受けてもいい」と紳士的に対応した。

野坂昭如がとんねるずに喧嘩を売った理由

しかし、なぜ野坂はとんねるずに喧嘩を吹っかけたのか。「TBSのときもナンだ、アレは!」との発言から推察できる通り、その原因はとあるTBSの番組での出来事にあった。

その番組というのが『とんねるずのちゃだわ王国』(TBSラジオ)だ。1985年11月3日放送の回に野坂はゲスト出演していた。しかし、同番組のプロデューサー・柳原悦朗曰く、番組内でとんねるずが失礼なことを言ったかどうかといえば、そうした心当たりはないという。

ではなぜ野坂は怒ったのか。その理由は小川美那子の証言にあった。彼女曰く、その日、木梨は「今日はよろしくお願いします」と野坂のところへ挨拶に来たものの、石橋はタバコを吸っていて、すぐには挨拶に来なかった。これに野坂は「なんで(あいさつ)に来ないのかなァ。アタマくるよなァ」とこぼし、石橋がやっと挨拶に来ると、酔ってあまりロレツの回らない舌で「なんだおまえは。おまえなんか知らないゾ」と言い放ったという。

また、とんねるずとの”対決”コーナーが終わり、再び小川の横にすわった野坂は「ぶっとばしてやろうかな」とも言っており、この頃から相当、石橋に対する鬱憤が溜まっていたと見える。

これだけ見ると、野坂は挨拶一つでブチ切れる喧嘩っ早い酔っぱらいのように思えるが、挨拶の件は単なるトリガーに過ぎなかったのではないか。

というのも、騒動直後に受けたであろう、1986年4月18日号の『Focus』の取材に対して、「だいたい高卒だとか母子家庭だとか(売り物にして)いってるのはおかしい。世の中にはもっとかわいそうな人もいっぱいるのに。アイツら何の芸もないわけだから、カラカってやろうと思った」と語っているからだ。

野坂は、自称“焼け跡闇市派“として、高卒だの母子家庭だのと、自らの落ちこぼれイメージを積極的に笑いのネタにするとんねるずの軽薄さが許せず、そうした思いが、挨拶、深夜、酒などの条件が揃って爆発してしまったというのが、この事件の実態ではないだろうか。

参考文献

  • 「 「オールナイトフジ」の決闘 焼跡闇市派vs帝京高卒イッキ組」『Focus』1986年4月18日号、新潮社、54~55頁
  • 「殴打事件 野坂昭如センセイVSとんねるず”深夜の決闘”の顚末 「是非後楽園で再対決しましょう」(とんねるず)「殴ったのは悪かった」(野坂氏)」『週刊ポスト』1986年4月25日号、小学館、57頁
  • 「深夜のテレビ局で本番中に、あわや 取っ組み合い····。とんねるず 石橋貴明VS作家 野坂昭如さん 「危険ハプニング」で火花を散らす両者の言い分!」『週刊平凡』1986年4月25日号 、マガジンハウス、24~27頁
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